identity crisis

回避的な私の日記です

母からの電話と、夫との考え方の違い

昨日は夫が早く帰宅できたので、週末に借りてあった映画を1本観れたのですが、途中で電話が鳴りました。

母なのは大方分かっていたのですが、映画の後に電話をかけなおすと、出ませんでした。心配性の私は何かよからぬ事がまた起こっているのではないかと気になりましたが、少ししてからまた電話がかかってきました。

30分くらい話したかな。もう寝るからと言って切った後、物凄い精神的な疲労感が残って・・・。病気のこと、経済的なこと、父親とのこと、回りの人とのこと、どうしてこうも次々にゴタゴタが起こるんだという感じで問題だらけ。

一つ一つ解決していけばいいんだろうけども、そこがもつれていて、しかも自分だけでは何もできないし、ましてや母の病気のこと(結構深刻です)はかかっている医者ですら匙を投げているようで・・・。

病院を変えたいとか、役所の担当者にいじめられているとか、父親の悪口や愚痴とか、ただ言ってすっきりするというよりは私が何かしないといけないという思いに駆られて悩みがなくなるということはありません。どうしたらいいんだろう。。。

夫の家族はみんな安定していてしっかりしていて、およそこういう事にはならないのにうちは何もかも不安定で流動的で、なんでこうも違うのか。

 

小さい頃に片親の悪口を聞かされた子供は葛藤して、少なからず心に悪影響を与える事になると読んだ本に書いてあったけど、私はまさにそのように育てられているなあと思った。それだけのせいで今の自分が形成されたとは思わないけど、いい影響ではなかったと分かる・・・。ほかの人の悪い所も母は私によく言ってきて、今もそれは変わらないように思う。いいところよりも悪い所のほうが目につくし、偏った見方を身に着けるのは簡単だ。

私が思う夫のいい所は、決まって私が性悪説を唱えるときでも性善説を持ち出してくる事だと思う。

たとえば夏の出来事。平日にうちにピンポンと押してくる人がいて、最初はセールスだと思い私は居留守を使っていたけれど、毎日来るから気持ちが悪くてちょっと困っていた時期がありました。

外に出してある傘たてが邪魔だから誰か同じフロアの住人がうちに文句を言いに来てるのかも?と思いはじめ、そう夫にいったけど、ただのセールスだと思うとのこと。

それからも何度もピンポン、とやってきてあるときに傘たてごとひっくり返っていた。私は傘たてを邪魔に思って注意しにうちに来た人が嫌がらせで傘たてを倒されたんだと夫に言ったけど、たまたま強風だったんでしょという。またあるときに傘たてが倒されていて、私は絶対に嫌がらせだこれは、と言ったけど、夫は風じゃないとまだ言う。

私も段々と頭にきて、怖さより好奇心が勝ったとき、ピンポンとまた鳴った時に玄関の小窓で確認するともう誰もいない。玄関のドアを思い切ってあけたら、ちらっと階段を上っていく子供の姿が見えたので子供のいたずらだったんだと判明。

夫に話すと、ガキのいたずらだったか、という事になったけど、なんてまあ楽観的というか悪く考えない人なんだなと思った出来事なのでした。

私は最初から悪く捉える癖が身についているんだなと気が付きました。病的ともいえたりして。でも、いい意味で自分とは考え方が違う人が身近にいるのは自分にとってきっと良い影響を与えてくれるんだろうなと信じていて。いい所を吸収できればいいんだけれど。認知療法?になればいいなあ。生かすも殺すも自分次第だけど。

にしてもいつもごちゃごちゃとした日記だなあ。今日も結局話がまとまらないや。