identity crisis

回避的な私の日記です

食べられない神経質さ

数年前のこと。就職の面接・実技で精神障がいを持つ人たちが集まる作業所に行ったことがあります。結果、落ちましたが。午前中からものづくりをして、お昼になったらみんなで料理を作って一緒に昼食を食べて、談話しながら午後も作業をするという場所です。面接にいったくせにすごく楽しんでしまったのも原因の一つだと思っています。

 その作業場にきていた利用者たちは、温かくわたしを迎えてくれ、とても親切に接してくれました。機会があるならばそのような職場で働きたいと思うけれどむしろ働くよりも普通にボランティアなり作業員のひとりとして参加するほうが向いているのかも。ただ、わたしには一つ問題があります。厳密には問題は一つではありませんが。

実はわたしは潔癖症のようなところがあり、気軽に料理が食べられない神経質な性格です。この神経質な性質は、小さい頃から変わらずで母以外が作るおにぎりが食べられない子供でした。中学生になるとお弁当持参でしたが、友達があげるよと言ってくれるおかずはいつも断っていました。友達が焼いたという手作りのクッキーやお菓子を貰っても、食べられず。すみません・・・その人が嫌いとかそういうのではないのだけど。 こうして書いていると最低な人間で、罪悪感が付いて回ります。嫌な人間だと思う。じゃあ敢えて言わなくてもいいじゃないかとも思う。でも、練習なんです。醜い自分を開示する練習。いい自分ばかり出す日記は不自然だし、わたしはいい人ではないし、こんな嫌な性質があるんだってオープンにする練習。気分を悪くする人もいるかもしれない・・・。

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photo by irrational_cat このランチは本当に美味しそうだと思う。

 

独身時代から、姑が作る手料理を食べられるのかという事が心配でした。もう我慢して食べる他ないと覚悟をしていたのですが、姑を嫌な人だと思っていないせいか、はたまた家族に出す手料理だから大丈夫だという暗示が効いたのか、美味しくいただけました。外食は大丈夫なのにね。もう本当に嫌な神経質さだと自分でも思う。年を重ねれば一部改善されていくところもあるけれど、これ以上軟化しないような気もしている。でも何となくだけど、「その人に慣れてきたら」自然と食べられるようになるのかなと思う。突然、面接先でよく知らない大勢の人と一緒に調理したものを食べると言われたから困惑し恐れおののいたのだろうか。でもやっぱりABCクッキングとか参加出来ません。社交不安もあるけれど、よく知らない人同士で作った食事をみんなで一緒に食べるってちょっとした罰ゲームみたいに思えてしまう。いつ見てもスタジオは混んでいるし、社交的で習い事をしている女性は自分とは全く違う生物に思えて、わたしはいつも遠巻きに見ているだけです。

 

話は少し変わります。病院に勤務していた頃、自殺に失敗して運ばれてくる人が大勢いました。会社に行きたくないからという理由だったり色々でした。わたし自身もその時適応障害で苦しんでいたし、本当に全くその通りだよと患者さんの言い分を理解できることは沢山あった。でも共感してばかりではダメで。わたしはその時、援助者という立場だったけれど、援助出来るような立場にはいないと感じるのはつらかった。自己肯定感のなさはこの職種には致命的なんだろうか。例えば、癌を患っている患者さんが、同じ病気を持つ援助者から援助を受けるというのは特に何もマイナスなものは感じないけれど、適応障害である援助者が援助するなんて何か変なのではないかって思って気持ち的につらくなり、自分に治療が必要なのに人に援助なんかできるわけがないよねって落ち込むと同時にそんな自分を恥だと感じていました。今でもそう思うところはあるし、心が健全でない人は援助職は向かないという意見もあるので、実際自分には向いていないのだろう。援助の方法やアプローチの仕方って人それぞれあって、どれが正しくてどれが不正解なのか不明瞭なところが多いと思う。きっと正解を知っているのは援助を受ける人本人だけなのだろうなあとぼんやりと感じていた。

 

話がまとまらなく、またいつものごった煮状態です。自分の病気がきちんと治らない限り福祉の道は難しいのだから、冒頭で機会があったら作業所で働きたいなんて書いたけれど、何をまた・・・って思い始めて未練がましい自分に疲れてきました。答えがよく見えないところにもう懲り懲りしたはずだったから。一度自分でそう納得して病院を辞めたはずなのに。学ばない人って嫌ね。向かないものはもうやめて、今は違うことを勉強してるんじゃない。自分のやりたい仕事と適性が一致する人が羨ましいと思えてきて、また得意の他人を羨む癖が始まったので今日はここまでにしよう。本当にひどい内容の日記だと思う。残す意味もあるのか分からないので、たまに全消去したくなります。自分の思想や凝り固まったステレオタイプ、趣味、ブログ、写真、色んなものを。